金原ひとみさんの『蛇とピアス』を読んでほわーんと思った事のメモ書きです。私の個人的な感情が先走ったまとまりのない文章です。読んだ方に不快感を与えるかもしれません、責任は取れませんがごめんなさい。 検索などでいらっしゃった方はコチラもどうぞ。

私はルイじゃない。
当たり前のことだけれど。私は彼らとは違う。 マッドでもないし、少数派になりたいわけでもないし、誰かとおそろいにしたいわけでもない。 切欠や動機なんて人それぞれだから、今の私は他人にどうこう言おうとも思わないけれど
「君も身体改造してみない?」
なんて、気軽に誘ったりなど絶対にしない。

きっかけはどうであれ決めるのは自分自身でないといけないと私は思う。誰かに勧められてやったとすれば、後に後悔したときにその誰かを怨んだり責めたりすると思うから。身体改造の理由なんてそうそう簡単に説明なんて出来ないとおもうけれど他人を理由にしないで欲しい。

この本は、身体改造に接していない人々、理解できない人々から見た”身体改造”というものを描いてる点だけみれば素晴らしい出来なんだろう。狂気、自分とは違う人種、暗い世界、影、アンダーグラウンド。痛みを伴ってさえも自らの身体を改造をする、本の言葉を借りれば【普通に生活していれば、恐らく一生変らないはずのものを進んで変える】人達の心情が理解出来ない人達は、彼らを自分達とは違うからフツウじゃないから、そう理解することで安心したいんだろうと私は思う。

【私はこの意味の無い身体改造とやらに、一体何を見出そうとしているんだろう。】
【陽が差さない場所がこの世にないのなら自分自身を影にしてしまう方法はないか】
【普通に生活していれば、恐らく一生変らないはずのものを進んで変える。それは自我を信じているともとれる。きっと私の未来にも、刺青にもスプリットタンにも、意味なんてない。】
【無様にぽっかりとあいた穴を、求めていたのだろうか】

読んでる間、ずっと嫌悪感を抱いていたが、ここで決定打。
私はこの本が嫌いだ。
負のエネルギーを昇華させるための身体改造。スプリットタン。影。
別に自分で選んだ事だから他人にどう思われてもいいって思ってたけど、もしルイと重ね合わせて見られる事があれば不愉快だ。
私はルイとは違う。

この本が芥川賞を取った事で、スプリットタンの存在を知った人が急増したことだろう。この本が切欠となってスプリットタンを実行する人も居るだろう。
でも世間の身体改造に対する理解が深まるとは到底思えない、むしろより異質なアンダーグラウンド文化と捉えられるのではないだろうか。

●3ヶ月で16Gから0Gまで拡張。
●アイブロウに4Gを3つ。
●舌ピアスはピアスガンによる施術。無理な拡張。
せめて情報くらいは正しいものを発信して欲しかった。
リサーチ不足。
著者本人も本気でやってみようと思ったとインタビューで語っていたが、だったらもうちょっと正しい知識持っててもいいんじゃないの?本みたくピアスガンで開けて無茶な拡張をしようとしたのかしら。

すばる文学賞の時のインタビューを見て思った、
私は金原ひとみさんとも違う。
私は身体改造をより苦しい方向に走っていくものだとは思わない。
http://subaru.shueisha.co.jp/html/person/p0311k_1_txt.html